人が旅に求めているもの
旅の間もホームスクーリング 非日常の中にある?日常?

Contents

おげんきですか?

今日は「人が旅に求めているものは何?」という私の捕らわれから見つけ出した答えの一つ、
旅の目的は「日常からの離脱」だった!について。

離脱したい日常とは?
旅=非日常に求めるものとは?

そして最後に、
日常と非日常という言葉が、今の時代にどういう意味を含んでいるのか?について興味深い記事を見つけたので、引用させて頂きました。

では、BGM を ON にして ⬇⬇⬇⬇
https://youtu.be/1zo3fJYtS-o

Lets begin.

旅の目的は「日常からの離脱」⁉️

突然ですが、あなたは旅が好きですか?

旅が好きな人はたくさんいます。
旅に行く頻度がどうであれ、多くの人が旅が好きなのではないでしょうか?

ではあなたは、なぜ旅が好きですか?

この質問についての答えをまとめている以下のリンクを参考にして、人が旅に求めているものについて私本位にまとめてみました。

旅色プラス 

解放されたい「日常」とは

旅に出る理由を読んでいくうちに、二つの視点が見えてきた。

それは「日常」「非日常」というもの。

「旅に出る理由」に挙げられていたものの中には、旅そのものの良い点を挙げることのほかに「日常」というものを他の言葉で表現した後、こういう日常からの解放、逃避、という形で旅に出る理由を話していた人がいたのが印象的だった。

<日常を言い換えた表現>

>普段の何気ない退屈な毎日、
繰り返される仕事や子育てや学業、
>仕事や子育てや学業に忙殺される、
>人に流されやすい、
>自分を見失いやすい、
>現実、
>日常の人間関係のしがらみ
>今まで(自分の周りにあった日常から)植え付けられてきた常識や社会の風潮、
>常識、
>自分自身が何を考えているのか分からなくなる
いろいろと大変なことがある、
疲れた心身、
すでに知っている環境。

こういう日常からの解放と離脱が旅に出る理由と話す人がいます。

この「日常の負の産物」から離れたところで過ごす時間「旅」が、人々に癒しを与えてくれるということ。

「日常」って離れたい、逃げたいと思う様な面白くない時間なのかぁ。

「非日常」これが旅の目的

旅という時間にどんなことを求めて、どんなことが期待されるから人は旅に出るのか、具体的な意見を列挙してみる。

知らない、新しい物や事との出会い
(風景、自然、文化、食べ物、人、生活様式、職業、雰囲気、)
>写真や画像だけでは味わえない、感動的な本物の景色を目に焼き付ける

夕暮れの
エアーズロック>非日常的経験は刺激があって楽しい

リフレッシュして、楽観的な気持ちになって、頑張ろうと思える
ゆっくりと流れる時間

ペリカンが泳ぐ静かな朝

>普段疲れた身体を癒す効果がある
>気分転換
>新しい発見
世界観や価値観が変わる
自己啓発に役立つ
自己理解が深まる
>自分自身の思いがけない一面を発見できる
>自分が普段悩んでいること、辛いと思っている現実がとてもちっぽけに思えてくる
>考え方を変えることができる
>地元の人とのふれあい、人のやさしさや、他人の温かさに触れて心が和む
>やさしさの充電をして、人に優しくできる
>旅の同行者と一緒に楽しめる
>ワクワクしたりドキドキしたりなど刺激的な体験

キャンプ場から間近に見る山火事

思い出共有
本音で話すことができやすい
他愛のない会話がしやすい
>同行者との関係が深まる

南オーストラリアとノーザンテリトリーの州境 日本からの友人がキャラバニングに合流

>心の栄養
>旅から帰ってホッとした時に、日常の大切さを改めて感じる。

いかがですか?
いろんな表現の仕方で、旅に出る理由が語られています。

あなた旅の目的と一致しているものがあるのではないでしょうか?

「日常」の中で弱り、疲れた心身は、「非日常」という旅の時間の中で身体的活力の回復、精神的安定の回復、精神力の活性化、内的成長の促進が期待されるということ。

「非日常」という旅の中で癒されて、元気というエネルギーを与えられ、また「日常」に戻っていく勇気が蓄えられるということ。

「旅」って素晴らしい❣

ダーウィンへ向かって北上中デビルスマーブルス(悪魔のビー玉という地名) で、
キャラバンパーク$12/night を見下ろす

インターネット上に、旅について書いているブログは本当にたくさんありますね。

特に、20-30代の若者が、世界を相手に旅に出て綴っているブログが多いこと😲
そしてその旅で目にした世界からヒントを得て若くしてビジネスに繋げている人がいることには本当に驚かされ感心します。

すばらしい!

この記事を書くに当たって幾つかのブログを訪問した中で、私は別の思いに囚われました。

日常って何だろう?

それで今度は、日常について検索しました。

日常とは

私たちの人生のほとんどは非日常ではなく、「日常」と呼ばれる時間で出来上がっているのではありませんか?

そう考えると、人生そのものが離脱、離れたくなる時間であると言えてしまうという事?😨

上記の「日常の言い換え表現」は旅が好きな人だけではなく、年代を問わず多くの日本人が日常について感じていることの一部を言い表しているともいえる。

日常に息苦しくなって喘ぎ始めた自分に気づいた時、救いを求め、人は旅に出る。

旅に出ればリフレッシュできることを知っている人は幸い。

どうしたらリフレッシュできるか、を考える以前の問題として、
もしかしたら、
自分が息苦しくなって喘いでいることにさえも気づけない程、日常に忙殺されている人も少なくはないのかもしれない⁉😨

日常という意味は、常日頃、普段、平生。
日常生活が示す意味は毎日繰り返される、取り立てて特別な出来事がない生活。

日常が人生を作り上げる多くの時間を占めていると考えると、以上の説明だけではあまりにも取っ掛かりが無さ過ぎる!

そう思って、もっと何か日常という言葉に意味を持たせる言葉を探していて行き当たったのが「ぶんよう」さんという方の記事、以下。

日常生活は冒険だ by ぶんよう

日常生活は冒険だ by ぶんよう
多くの人が日常という時間について、毎日繰り返される変化のない時間というような表現をするのに対して、
ぶんようさんはその全く対極にあるような「冒険」という言葉を用いて以下のように語り出す。以下吹き出し内は抜粋。

「冒険というのは、安定した日常生活から離れたところに行って、危険や困難と闘うことである。だとすると、日常生活は冒険から遠いもののはずだ。」

と言いながら「現在の日常は、冒険のようだ」と話す。

冒険というのは「どうすればいいのかわからない状況」を何とかして乗り越えることである。

彼は冒険を上記のように定義しつつ、更になぜ現在の日常が冒険なのかについて下記のように続ける。

「最近は社会システムそのものが不安定なので、安定した日常生活などというものは世界中どこにもないのかもしれない。」

そして、

「冒険の最終目的は、日常生活に戻ること」である。

と言った上で「現代の日常に潜む一つ一つの冒険を乗り越えた時に

この間まで退屈だった日常生活の貴重さがわかる。」

と、現代の日常をとらえる視点の転換を提起している。
ぜひ、全文を読んでみて。

そして、日常の次は、非日常について。😉

非日常はどこにあるか by ぶんよう

非日常はどこにあるか byぶんよう

「我々はなぜか非日常を求める。非日常というのは、、、、旅行とか、とにかく日頃の生活とはちょっと違う時間のことである。
そして、非日常を求める理由は
「日常生活というのが、息苦しいものだからで、
息苦しいというのは心が動かないということで、
心が動かないということは、
鈍感になって新鮮な気持ちが無くなったということ」と続く。
次に、
「非日常は慣れない世界なのだから危ない。」

と、その危なさについて語り、
日常から逃れたいが危険は冒したくないという場合の、非日常の体験方法とその問題点についても紹介。

そしてぶんようさんは「日常と非日常のとらえ方の視点」を以下の様に提示する。

「非日常というのは自分にとって慣れない世界のことで、
そこに慣れている人にとっては日常であったりする。
旅先の土地は非日常の世界だが、
そこに住む人にとっては日常である。」

ここでも、旅という行為が非日常の代名詞の感じで登場する。
以下、私が惹かれた部分を抜粋してみる。

「実際に他人の日常を経験してみると、
慣れないせいでのトラブルばかりで失望したりする。
でも、その経験は無駄ではない。」
「自分にとっての日常も、実は他人にとっては非日常だったのだ」
ということに気付く。
つまり、
自分の日常を新鮮に見ることのできる視点もあることだ。

「日常生活の中に非日常を見る視点」を持っていれば、すぐには旅に行けない時にも、しばらくは、動きが悪くなってきた心に、刺激を送ることができるかも知れない!

これは、今だコロナ禍にあって未だ旅を謳歌できるに至っていない現在において考え方の変換に適応できる提言ではないでしょうか?

是非是非、上記のリンクで全文を読んで欲しい。

日常生活の中に、非日常を見る視点の例
私達のキャラバニングを例に用いて

私達家族がオーストラリア一周の旅にキャラバンで出た経緯については、以下をのぞいてみてください。

私たち家族は、”先立つもの”の後ろ盾のない中、家族五人で16か月のキャラバニングに押し出された。

旅の間は支出のみの生活だった。

旅が終わった今も、住む家はどこにもなく(2022年5月現在は、小さな借家をしキャラバンでの寝泊まり生活中)未だキャラバン暮らし。

長男はこの年21歳になる一か月ほど前に、ここから約700km 程離れたNormanton というアウトバックの小さい街に住み込みの仕事を見つけてササっと独立してしまった。

次男は大学を目指して、高校の最終年をホームスクーリングというシステムの中で、家=キャラバンで勉強しているし、

三男も同じシステムで、この国の高校過程の一年目(日本の中学一年)をキャラバンで勉強している。

旅の間のホームスクーリング 「とある日の勉強風景」

2022年現在、

夫の収入と私の収入を合わせても、生活を支えるには程遠い状況。

こんな状況について、心ある日本の友人達は言う。
「貴重な体験してるね」と😅

この貴重という言葉は多分、非日常に近い意味をもつ。

定住しているほとんどの日本人にとっては、寝るところが日々変わるようなキャラバニングは非日常で貴重。

家計を支えるだけの定期的な収入がある人にとっては、収入という支えのない中での生活は、望まない形ではあっても非日常な経験で貴重。

子供が学校に行かないで四六時中家族みんなが顔を突き合わしているホームスクーリングの生活は、毎日子供は学校に行って、夫は仕事に行く妻にとっては、考えられない 非日常 ⁉️😳😱😄

in Rome QLD
ボトルの形をしているので
bottle tree。オーストラリアで一番大きなbottle tree。

ハウスシッティングといって、
人の家の留守番役として人の家に住むなんてこと。これまた日本人にとっては非日常的、もしかしてあり得ない⁉️的なことだから貴重。

多くの日本人にとっては、こんな非日常的な時間が今の私の日常なのだ。

こんな、非日常的な日常を過ごしている私が求めていることは、今これを読んでいる”あなた”の日常に近いもの。

私が求めていることは、
>定期収入を得て、
>地面に土台があり、
スペースのある家に住み、
>子供たちは毎日学校へ、
>夫は仕事へ行くという日常

どちらの日常がいいとは言えないのかも知れない。

私達にしてみたら、今の生活スタイルだからこそ経験できていることは確かに沢山ある。

けれど、
定住し、毎日がほぼ決まったリズムで過ぎる安定した日常だからこそ得られるものも沢山あるはずで、それらの多くは、私達の生活スタイルでは得られないものも多い。

だから、今の私たちは、「他人のより青く見える芝生」にとらわれない様に意識して、神によって与えられた「自分達の芝生」を見つめながら、それをより青くする、見る方法を模索する。

小さいことでもしっかりと喜んで、共有し、神に感謝する。Thank you Lord ! 😊

日常も非日常も大切な時

旅に出る主な理由が、日常からの離脱というだけではなく自己啓発の為の新しい発見との出会いを求め、人に優しやさしくするための、優しさの充電のため、世界観や価値観を成長させる為、同行者との関係を深めたい為。

そんな積極的な目的をメインに持って非日常を旅することができたなら、もっと、素敵ですね。

そして、ただいまーッ‼️って日常に帰ってきたときに、
「旅から帰ってホッとした瞬間に、日常の大切さを改めて感じる。」ことができたなら、私達の日常と非日常の両方を含む人生は  きっと変わる❣️

今回も、最後までお付き合い頂き本当にありがとうございます。

ゆっくりお休みください。

野生の花越しに望む風力発電の風ぐるま
西オーストラリア州

Cororin

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